古代史の基礎7②(ヤマト国の形成の時代)


前回から継続して論文「古代史7①」の第二章「ヤマト国の形成」全部で7章)を読んでいこう。

古代史7①:岸本直文「倭における国家形成と古墳時代開始のプロセス」、国立歴史民俗博物館研究報告 第 185 集 2014 年 2 月

 

第2章 ヤマト国の形成

2-1 畿内における集落の再編

2-2 広域地域圏の形成される弥生時代後期

2-3 ヤマト国の成立と形成

 


古代史7①「第2章 ヤマト国の形成」の概説として、弥生時代中期末から後期前葉~後葉という概ね紀元1世紀前後の時代の特徴について整理されている。

 

【弥生時代中期末の紀元前 1 世紀】

  • 北部九州のナ国とイト国が二大国に成長

楽浪郡を介して国王朝と結びつき,北部九州に大きな影響力をもつ

  • 東方の社会では,入植以来の集落に集住が進み環濠集落の規模を拡大

河川ごとに拠点集落を中心とする単位がでそろい,に戦争にいたる緊張も高まる

  • 東日本では農耕社会が定着した頃

【弥生時代後期の紀元1 世紀(激動の時代)】

  • 北陸や濃尾平野までの西日本諸地域において,急速に広域地域圏が形成

土器の地域色が強まり,独自の大型墳墓を発展させる地域も現れてくる。弥生時代後期に形成される畿内圏もそのひとつである

 

弥生時代中期末から後期前葉~後葉という概ね紀元1世紀前後の時代、つまり邪馬台国ができる前哨戦となる時代になる。

 


この第2章の概説から各節を読み始めると、いろいろと専門用語が出てくる。それらの専門用語は時代背景により生まれてくる。そこで、本論文(古代史7①)を一度離れ、次回のブログでは、これまで整理してきた「古代史の基礎」に関する知識を、一度弥生時代の時間軸上に配置してみることにする。