先史時代の基礎①(海底地図を用いた「最終氷期最寒冷期(約一万ニ千年前)における日本列島」の地形図の再現


日本列島の先史時代の本の最初にあった「最終氷期最寒冷期(約一万ニ千年前)における日本列島」の地形図があった。古代史の議論する時に海進による地形図が大前提になったように、先史時代を議論する時の大前提として、今から約一万六千年前の地形図を知っておく必要がある。

 

当時の日本列島の特徴は、シベリア大陸からみた場合の「半島」、「島」、「諸島」で構成されていること。

  • 古北海道半島:サハリン、国後島、色丹島まで陸続きの「半島」
  • 古本州島:本州、四国、九州、さらに屋久島・種子島まで陸続きの「島」
  • 古琉球諸島:北琉球(屋久島・種子島を除く奄美諸島以北の諸島)、中琉球(奄美諸島~沖縄諸島)、南琉球(宮古島~与那国島)の三つの「諸島」

 

そこで、先史時代の日本列島の特徴を示す参考図を見る限り、最寒冷期なので海面が現在より低下していることになる。つまり、現在の海底地形図があると参考図に似たような特徴を再現できるかもしれない!

 

そこで、さっそく海底地図に関係する無償のアプリを探してみた。

グーグルマップの衛星写真でも見ようによったら参考図に近い感じがあるが、如何せん深度が不明のため今ひとつ古地形を再現できそうにない。更に、海底深度が分かるものを探したら素晴らしいアプリに出会えた。

そこで、さっそく参考図を見ながら、海底図を作成してみた。

黄線が列島の海岸線を、また白線が50m単位の等深線である。


「最終氷期最寒冷期(約一万ニ千年前)における日本列島」の地形図とこの海底の等深線をみくらべると、概ね現在の海面から150メートルあたりの等深線をなぞると先史時代の海岸線に近いことが分かった。

 

「最終氷期最寒冷期(約一万ニ千年前)における日本列島」の地形図の何個所か拡大図と等深線150mの輪郭を比較してみた結果を列挙してみる。

北北海道

等深線150m(赤線)の輪郭と左図の参考図にみられる海岸線との整合が見られる。残念ながら「海しる」アプリは日本製なので、サハリン沿岸の等深線がないが、概ね参考図と同じように先史時代では北海道・稚内とサハリンは陸続きと言えそうだ。

 

特に、知床半島、国後島、色丹島、根室半島は等深線150mで輪郭をなぞると、陸続きであり、その輪郭形状からも参考図に近いことが分かる。

南北海道と青森

参考図は少々見づらいが、概ね等深線150mで描いた輪郭と整合しそうだ。

 

大間から箱館までは直線で約30㎞だがそれぞれの地形の狭いところで約5~6㎞程度。船で渡っても驚く距離ではなさそうだ。

 

青森の竜飛岬から北海道白神岬と福島の間は、現在の北海道新幹線が通る青函トンネル辺りで北海道と青森は陸続きであることが分かる。これはシベリヤ、サハリン経由で東北まで陸続きになるので、人以外にトナカイ?などが東北に移動していても不思議ではない。

ついでに、青函トンネルの深度を見ると、250mのようだ。一番深い海底の岩盤下にトンネルを掘ったのだろうと感心してしまった!

関西・四国・瀬戸内・九州

参考図では九州から関西まですべて陸続きである。等深線150mの輪郭線と形状が良く整合しそうだ。

 

 

山陰~北九州

等深線150mを結ぶと、参考図と同じように島根、鳥取から隠岐諸島まで陸続きになる。若狭湾など無いようだ。

 

韓国沿岸の等深線がないので、等深線150mをつなぐことはできない。対馬と釜山の間の海峡には楕円状の150mラインがあるので、それに向かって延長線を勝手に書いてみた赤点線を加えた。すると、何となく参考図の雰囲気に近くなる。ここだけ、少々インチキくさいが。


以上のように、「海しる」アプリを使うと、先史時代の地形を概ね掴むことができた。