永井路子「氷輪」


唐僧・鑑真が来日してから「唐招提寺」が建立されるまでの歴史小説。鑑真が来日までの遣唐使の活躍は、井上靖「天平の甍」で描かれている。「氷輪」はその後、中世時代の政治問題と絡めて鑑真とその弟子の労苦が描かれている。

 

タイトルの「氷輪」がつけられた意図は、どうも日本の政治と日本における仏教布教の根本を決める「戒」を両輪としており、当時の政治も戒をうけるべく日本僧育成も思うように行かない「氷」のような両輪ということで「氷輪」になったようだ。

 

鑑真の意図がたびたびの日本政治の混乱によってどのように実現されてゆくかが描かれており、永井路子の当時の政治状況の分析が素晴らしい。下手な奈良時代後半の政治を把握するなら、この本を読むのが早道のようだ。

 

  • 藤原仲麻呂(後の恵美押勝)の策謀
  • 天平宝字5年(761年)平城宮改修のために都を一時的に近江国保良宮に移した際、病気を患った孝謙上皇(後の称徳天皇)の傍に侍して看病して以来その寵を受けることとなった道鏡とその後の政治組織への影響
  • 孝謙上皇(後の称徳天皇)による淳仁天皇の廃位
  • 仲麻呂の乱後の藤原百川、100年位続いた天武天皇の血筋から天智系の光仁天皇や桓武天皇に移る流れ、

このような政治の流れの中で、唐招提寺が寺として殆ど何もなかった「唐律招提」の土地を仲麻呂から下賜され、そこから平城京から移築した建物で「食堂」をたてたり、古びた建築材料を使って「講堂」を建て、最後に「金堂」に「盧舎那仏」を配置するなど涙ぐましい建立の過程を経て現在の唐招提寺に至ったこともなるほどと思える。薬師寺のように最初から鑑真に立派な寺が与えられたというものではない。

 

唐招提寺のHPを読むと建立までの裏の背景が分からないが、この本によってうなづける。