司馬遼太郎、山岡荘八、吉川英治、吉川英治の三国志など歴史小説はほぼ全巻読み終えてみると、いつの時代の何年頃で、登場人物が誰で、どんな時代背景があったのかを整理してみたくなった。
そんな事から、先ずは何も考えず日本史を取り上げ歴史年表作り、そこに歴史小説の期間を加えることにしようと思う。同じ期間だろうが作者が変わると同じ出来事でも見方の違うので違った見方もできるだろう。また、空いた期間がわかるので関連する歴史小説も新たに検索できる。
と言って何枚もの年表を相互に見るのも面倒。デジタル年表的なズームインもできるしズームアウトして俯瞰的に歴史を捉えることができないか。インターネット検索してみると実に要求仕様を満足するものが見つかった。
2. 大黒屋光太夫の足跡
5. インダス文明と仏教誕生
デジタル年表(日本史パーツ)
先ずは神武天皇から始まる日本史年表を作ってみた。
と言うか、これを作っておくといろいろと今後の年表のパーツになる。
年号と登場人物として、天皇、将軍までは記載している。武将、文官、僧、学者などは別途デジタル年表(日本史)とは分けて掲載する予定。
18世紀終わり頃、今の三重県白子から江戸に向かう積高1,000石の弁財船が途中で難破。船頭大黒屋光太夫含め乗組員17名が約7か月漂流し、ベーリング海に浮かぶアムチトカ島に至る。ここから江戸に戻るまでの約10年にわたる歴史小説「おろしや国酔夢譚(井上靖著、徳間文庫、1991年12月初版)」から乗組員が歩んだ足跡を年表にまとめた。
漂流民の帰国にあたってはロシアの対日通商の道具として扱われるが、光太夫の帰国までの道のりは想像を絶するものである。
なお、The TimeLineアプリの入力は基本は西暦(グレゴリオ暦)であるため(※)、本文中の年月日表現が和暦の他にロシア滞在はロシア暦が使われていると想定し、以下のルールでアプリに入力した。ただし、年表の各項目には和暦やロシア暦を併記してある。
参考書
大黒屋光太夫が帰国してから48年後に土佐を出た14歳の万次郎を乗せた4人乗り漁船が漂流し鳥島に漂着。偶然カメの卵か肉を求めて寄港したアメリカの捕鯨船に助けられた万次郎と幕末の開国に向けた出来事をデジタル年表に著した。
ペリー黒船来航以前から開国にこぎつけるまでの日本国の対応と併記した。
暗記が苦手な小生としては、大黒屋光太夫が帰国した寛政5年8月(1793年9月)以降の幕末にかけて鎖国をこじ開けるアメリカ、イギリス、ロシア来航の動きがつかめるように工夫した。
また、デジタル年表もいろいろと工夫ができることが分かったので、上記したような開国に向けた動きと万次郎の成長の過程がわかるようにキーとなる歴史上の「事実」をマイルストーンとして下図のように追記した。
下図の上から緑、黄色、緑と三つのブロック分けをした。一番上の緑ブロックは丁度大黒屋光太夫が帰国した1792年から開始し、各国が日本の鎖国を破るために来航した歴史がわかるようになっている。黄色ブロックは幕末における各国の状況と、最後の緑ブロックは万次郎が生誕した1827年から没するまでの成長の過程を整理してある。
参考書
歴史小説も江戸時代から幕末に近づくと当時の社会思想の移り変わりが知りたくなる。
そこで、先ずは儒学の系譜、儒学が求めた知識、儒学から発展した視点などを年表にしてみた。儒学は日本に仏教伝来より少し早い513年?に入ってきたようだが、江戸時代に幕府安定を目的として儒学(朱子学)が社会思想に強く関わってきたこともあり、今回の年表が江戸時代に絞った。
概ね江戸時代の1600年から1800年位のロングスパンになるがTimeLineに整理した。幕末を迎える以前の段階の年表とし、江戸時代後半については別の年表とする予定。
また、本来なら、朱子学者・林羅山や朱子学者(海南学派)・山崎闇斎のように神道と儒学(儒教)を融合させる考え方や学派も出てくるので、神道も併記したかった。が、これは神道に関する別の年表にする予定(神道を仏教の教理で理解した神仏習合説をもって書かれた神道書、思想、神社の縁起を批判し、神道は儒学によって理解することが適切とした神儒一致説が出てくる背景など)。
江戸時代初期の儒学は朱子学、陽明学、古学と大別して3つの学派がある。それぞれの思想の特徴は下図のように年表上に赤枠で最初に示すようにした。
また、この年表に下には、儒学が求めた実学(本草学<植物学>、農学、医学、暦学、和算(<数学>)、また儒学から発展した視点でとらえた歴史学、国文学の年表も記した。
このひとつのテーマで「江戸時代 社会思想とその系譜」の年表をアップした。儒学はいろいろと神道との結びつきが出てくる。一方、神道は仏教とも習合したり離れたりする。
なので儒教に結びついていく神道は如何なるものかを調べ始める前に、日本の神道と外来仏教との習合や様々な神道派が派生していくことを整理しようと思った。そこで、とりあえず神道と仏教の生い立ちをそれぞれ順番に整理していくことにした。先が長くなるが。。。
最初に、仏教がインドで誕生し、上座部仏教と大乗仏教となって各国へ伝来してゆく時代の流れをいつものようにThe Timelineで整理した。
(番外)仏教はインドで派生したにも関わらず各国に伝来した後は最終的にヒンドゥー教に吸収されている。さて、これはどうしてか?ヒンドゥー教の元はバラモン教であり、紀元前1000年ごろイラン高原で放牧していたアーリア人がガンジス川に進展し、ひとつの文明を興した。この中で征服民と被征服民を対象にカースト制度の原型と言われるヴァルナ制による身分制度を作った。この身分制度を是とするか否とするかの思想の違いが、仏教(特に日本にも伝来してきた大乗仏教)がインドにほとんど残存していない原因かもしれない。。。と勝手に思った。
参考書
ここ一週間ほど日本の宗教を遡ってくると、今度は中国における儒教、道教、仏教と三教融合を知らないと日本に伝来された仏教の本質が分からない。調べると結局は中国史を整理しないといけないと思った。
なので、中国史パーツを作成して、そこから必要なパーツと三教の起源や流れ、そして融合及び中国13宗を年表にしてみる。パーツ作りには時間がかかりそうだが。
参考書
4月6日井沢元彦著「仏教・神道・儒教」を読んで、以前から神道の歴史を改めて整理したこともあり、まずは仏教と儒教の歴史を手繰り始めた。あれやこれやで手数がかかったが、一応日本の仏教宗派の発生までたどり着いた。
仏教はインドで興るが、その背景を知るには、インダス川で興る文明とガンジス川への文明の浸透から整理することになった。確かに、人間は食が安定しないと文明や宗教など起こらない。世界の文明は大河周辺であることを改めて納得する。
などなどと時代を徘徊しながら、やっとデジタル年表を作成した。これを参考にこの後は日本の神道、仏教、儒教、道教との絡み具合の整理を進めようと思う。
そのために、仏教の歴史をデジタル年表にまとめ、今後の新たな年表作りのパーツとしてアップする。その内容は、下図のように、インダス文明の興りから日本の平安後期から鎌倉時代までを大きく2つで構成している。
試しに、
するまでの「時間」を眺めると、インドでブッダが35歳で悟りを開く(前428年頃)のは、すでに前479年に孔子(儒家)や老子(道家)が没してから半世紀たった後、となる。中国では前140年(前漢・武帝時代)に儒学が国教化されており、その後に中国仏教史が始まる。
中国ではすでに諸子百家(儒家・道家・墨家・法家)で思想が育っている頃に、インドから伝来する仏教経典を如何に解釈するかという時代が訪れる。日本で仏教を従来からの神様の教えと融合してゆくように、中国でも苦訳時代に従来の思想と仏教の解釈をめぐり「格義仏教」がおこり、中国独自の仏教経典が出来上がるようになる。
古きものを新しきものと融合させるという人間の思考回路はどの国でも同様だと認識させられる。
など、色々と仏教の視点から考察できる資料にはなっていると自画自賛している。今後はこれを参考にして必要な箇所をパーツとして取り上げ、整理したい新たな年表作成に使う予定である。
更新記録
参考書
デジタル年表は、日本書紀(坂本勝著「図説・地図とあらすじでわかる!古事記と日本書紀、青春出版2009年)を参考にして、
を整理している。
今後の予定は、古代~飛鳥時代に関する年表作成のパーツとしても活用し、梅原猛「飛鳥とは」の解釈と共に、「古代~飛鳥時代に関する年表」として完成させる予定。
改めて思うが、
という点が大いに参考になった。
参考書
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